続きもの置き場

□明日の私
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【後】  ※途中、昆虫に関する描写がありますので苦手な方はご注意下さい

「なんだ、任務報告に来たんじゃないのか」
「あ…はい…」
夕暮れの路地を並んで歩きながら、ヒナタはそっとイルカの横顔を窺う。
昔は真上を見上げる感覚だったが、今は斜め上程度で済んだ。
その面差しは相応に歳を重ねているものの、もとの印象を変えるほどではない。

正直なところ、同性の恋人を持つような人種というのはもっと、いかにもというタイプだと思っていた。
立ち居振る舞いにもどこかそれがにじみ出るものなのだと。
だがイルカには、そういう先入観を差し引いても疑念を起こさせる要素はまるでない。
在学中、ナルトが肌も露わな女性に変化したときも、成人男性として極めてまっとうな反応を示したのをはっきりと覚えている。

ならば、あの上忍の先生との出会いが彼を変えたのだろうか。
見た目は変わらなくとも、中身はもう自分の知るイルカ先生ではないのだろうか。

「――でも、おまえももう中忍だもんな。そのうち隊長任務をこなして報告に来るようになるんだろうなあ」
嘆息まじりに漏らされた声に、ヒナタははっと我に返る。
と同時に、うつむき気味だった姿勢がさらに萎縮した。

木ノ葉に限らず、中忍試験を受けその結果昇格するということは、小隊を率いるだけの資質を有すると自他ともに認めたことになる。
だがヒナタの場合、その覚悟すらしっかりと固まっているとは言い難かった。
毎年誕生日を迎え自動的に歳が増えるのと同じく、下忍の次のステップとして中忍になるのは当然だと思っていたにすぎない。

だから合格の通知とともに中忍心得の訓示を受けたときは、その責任の重さに震え上がった。
まだ未熟な下忍を率いて任務を遂行するなど、自分に果たしてできるだろうか。
上忍師を隊長と仰ぎ固定のスリーマンセルで任務に当たっている今ですら、じゅうぶんな働きをしている自信などないのに。

いっそう物思いに沈むヒナタに感じるところがあったのか、イルカがいたわるように口を開く。
「…なにかあったのか?」
そう聞かれ、ヒナタはますます恥入った。
アカデミーを卒業したあと、個人的にイルカを訪ねたことなどこれまでなかったのだ。
突然現れておいて、なにか話題を提供するでもなく陰気に黙り込んでいれば、心配してくださいと言っているも同然だろう。

かといって、自分の悩みの性質を思えば切り出し方も難しい。
イルカの意見を請おうと思ったそもそものきっかけも、サクラの言っていた通り興味本位ともとられかねないことだ。
思いあぐねるうち、ほぼ無意識に言葉がヒナタの口を突いて出た。

「あ、赤丸くんが」

彼女の中では流れに沿ったものだったが、イルカにしてみれば唐突きわまりない発言だったに違いない。
だが彼は、困惑を押し隠して穏やかに尋ね返した。
「赤丸って、キバの忍犬か」
「はい…あの、赤丸くん、この頃すごく大きくなって」

詳しくないヒナタにはもともとそういう犬種なのかもわからないが、かつて犬塚キバのふところにすっぽりと収まっていた赤丸は、今や子牛と見まがうほどの大きさだ。
キバとじゃれている様子などまるで取っ組み合いのようで、傍目には時々ひやっとさせられる。

「なんだか…生き物ってすごいなあって、圧倒されちゃって」
感に堪えたようにつぶやくヒナタに、ありゃでかくなりすぎだ、とイルカは笑った。
「でも赤丸だけでなくキバも、それからシノも大きくなったよな。こないだ久しぶりに会ったら声も低くなってて、なんかしんみりしちまったよ」

おまえたちが大きくなったぶん、オレはオッサンになってるってことだもんな。
それを聞いて、ヒナタはくらりと軽いめまいに襲われた。
自分がイルカの年齢になったとき、そのイルカはさらに歳を重ねている。
今の大人たちのところまで進んでも、そこでゴールではないのだ。
道のりの果てしなさを思うと、その場にへたりこんでしまいそうだった。

「先生」
息苦しさに思わず呼びかければ、こちらをみたイルカの顔がにわかにくもる。
「ヒナタ? 大丈夫か?」
まさに欲していた言葉を掛けられて、とうとうヒナタの感情が決壊した。
大丈夫じゃない。
だから、誰かに大丈夫だと言って欲しい。

「先生は…不安じゃなかったんですか? 変わっていくことが、恐ろしくはなかったんですか?」
すがるように見上げるヒナタに、イルカは“先生”の顔になって言った。
「落ち着け、ヒナタ」
それでもヒナタの激情は止まらない。
「怖いんです。私、怖いんです」

変わってしまうことも。
変わらずにいることも。
前にも後ろにも進めず、ここにとどまっていることすらも。
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